日々のつれづれ

人に優しく、自分にはもっと優しく。セルフコンパッションの重要性

ブログを復活しようと何度も思ったが、
様々な理由をつけて先送りにしてしまっていた。
その原因を考えていくと、
自分のパラダイムが、先送り癖に影響を与えているのではないかとの
結論に至った。

私はどのようなパラダイムを持っているのか(過去形ではなく、今も尚持っていると思う。)
先送りをさせている主なものは、
「完璧主義」である。

「完璧主義」と「完璧」とはどのようなものか。
まず「完璧」とは、理想とするものではあるが、
現実にはあり得ない。完璧、など現実(現象)には存在しない。

その「存在しない」ものを求め、
そうでなければ、自己批判する心の傾向。
これが「完璧主義」である。

完璧主義者は、永久に満足することはできない。
自分を肯定することはできない。
なぜなら、完璧は実現することはないからである。
完璧主義者は、挑戦することができない。
なぜなら、新しいことに取り組む挑戦に失敗はつきものだからだ。
そして、失敗は完璧主義者にとって
許されざるものであるからだ。

その結果、どうなるのか。
完璧主義者は、自分を肯定することができないから、
幸福感が低くなる。
挑戦することがないから、成果もでなくなる。
結果、相乗効果でさらに幸福感が低くなるのだ。

残念ながら、私はこの完璧主義に陥っていると思う。
私がこのブログをなかなか再開できないのは、
「何か記事を書くからには完璧なものにしなければならない」
「完璧なものが書けなかった、自分には価値がない」
などと考えてしまうからだ。

また、書いた記事が不評だったら…と恐れる心もある。
書かないことによって、自分を守ろうとしているのだ。
書いた記事が不評だったら、自信は粉々にくだける。
書かなければ、「やりさえすれば俺はできるんだよ」と
いつまでもうそぶくことができる。

これも完璧主義に起因するものだと思う。

私はこの完璧主義を捨てたい。
人に優しく、自分にはもっと優しく。
そんな人でありたい。
そのために、セルフコンパッションの手法が
役に立ちそうだなと考えている。

セルフコンパッションとは、
「自覚している欠点、失敗、または一般的な苦痛に
対して、自分自分への同情を拡張すること」(Wikipedia)
である。
一言でいえば、自分に優しく、ということだ。

ただし、自己憐憫とは異なる。
自己憐憫は、自分が被害者であると信じ、
不利な状況を対処する自信と能力に欠いている人の
精神状態または、感情的反応である。

自己憐憫は、人生を前進させない。挑戦を促さない。
セルフコンパッションは、人生を前進させる。挑戦を促す。

人に優しく、自分にはもっと優しく。
自分のモットーの一つとしたい。

セルフコンパッションの理解を深め、実践するために
次の書籍を読もうと思う。